あまのじゃくのきまぐれ

失敗談多めの、涙の味で塩辛いブログです。

【退職日記】悲しいことだけど、ぼくはボクシングリングの上に立っている

今日、気がついたのだけど、すでにぼくは退職していた。

4月17日付けで退職ということになっていたのだ。窓の外では風が吹いている。布団の中のぼくには、そんなことも分かっちゃいない。外に出るのは、時々のお散歩とカウンセリングの時ぐらいだ。

 

会社でサラリーマンやっていたら、病んで、適応障害にかかった。2週間に1度はカウンセリングを受けている。やはり集団行動に向いていないのであろう。少なくともカウンセリング中は、過去の忌まわしきトラウマたちと戯れなくてはいけない。カウンセリングが終わっても、イジメられてきた過去ばかりに目が向いてしまう。心の中でバランスをとってきたテコを思いっきり傾けられる感じがして、今のところ、情緒不安定だ。カウンセリングが効果覿面なのか、はたまた逆効果なのかは分からない。整理をするのに難しい作業であることは確かだ。

 

以前からある程度は気がついていたことなんだけど、ぼくは世間的には変人だ。

心療内科の先生からは、いわゆる発達障害は性格の特性でしかないと言われたのだけど、ネットで見る限り、アスペルガーの気はあるし、ADHDの気も混じっていそうだ。HSPでもあった。

ぼくは自分が変人であることを認めようとしなかったので、ちょっと道を間違えた。人の目とか言動を必要以上に意識しすぎて、かえって挙動不審だったりする。最近は、被害妄想がひどい。例えば、遠くで「帰れ」という声が聞こえてきたとする。理屈では、自分に発せられた言葉ではないと分かってはいるんだけど、感覚では自分に向けて言われたような感じがする。ぼくは、その場から逃げ出してしまう。

大げさな言い方に聞こえてしまうかも知れないのだけど、ありとあらゆるところから敵意を向けられているという感覚を拭い去ることが難しいのだ。人によっちゃ、甘えだと思われるかも知れないが、その通り、ぼくは甘ったれ根性の持ち主であるからして、こんなことになっているのだ。

 

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神経が張り詰めるとこうなる

 

世間から敵意を向けられていると感じるのなら、開き直って、世間そのものがボクシングのリングであると思うことにした。少なくとも、ぼくみたいな人間は思ったことをそのままぶつけていかないとダメなのである。愛する人であろうと尊敬する人であろうと友人であろうと、はたまた下衆な輩も同様にパンチを繰り出すことに変わりはない。ぼくは人を傷つけすぎないパンチのやり方とガードの仕方を学ばなきゃいけないみたいだ。

 

ああ、頭のモヤモヤをなくすだけの記事にしてしまったみたいだ。

まあ、たまにはいいかなと思うんだけど。