あまのじゃくのきまぐれ

基本的には雑記と書評をやってます。

【中学受験体験記】入塾テスト0点の偉業達成と通っていた学習塾の怖い先生

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ぼくのお受験時代
 
世渡り下手なぼくにも上手に世渡りするために偏差値の高い学校を目指す受験生だった時代がありました。ぼくは中学受験と大学受験の2回を経験しているのですが、そのどちらの時も地元にある寺子屋みたいな塾に通って受験勉強していました。
 
ぼくの中学受験の時のことと、その時にお世話になった学習塾の怖い先生たちについて記事にしてみようかなと思います。
 
大手学習塾、入塾テスト0点の偉業達成
 
 ぼくの親が息子であるぼくに謎の期待をかけ私立の中学に送り込むことを画策したのは確か小学4年生の頃。
地元の中学校はヤクザな連中ばかりで、当時は母親殺しの事件があったばかりだったし、昭和の時には校内をバイクで走り回る風景が良く見られたと言われるような荒れた学校で有名だったから、中学受験を考える親も知り合いには多かった。品川庄司の品川が出た中学で『ドロップ』の舞台にもなっていると言えば、地元の中学の評判の悪さがなんとなく分かるだろうと思う。
 
 ぼくは大手学習塾の入塾テストを受けさせられた。中学受験のための入塾テストなのだから基本的に誰でも入塾はできるのであるが、ぼくは入塾さえもできなかった
入塾テストは問題用紙と解答用紙の2つに分かれているタイプのテストだったのだが、ぼくは問題用紙の方に必死に解答を書き込み、解答用紙を全くの白紙で提出するという偉業を成し遂げた。
 
勿論、0点である。算数なぞは全くの白紙で提出しているのだから、ペケの雨を降らせるのも下らない手間だったであろう。赤ペン先生も舌打ちしていたに違いない
 
今でも覚えているのであるが、問題用紙に必死に書きこんだ解答にしてもバカ丸出しな解答をしていた。
 
例えば、下の画像は何を示しているのかという問題が出た
常識力をはかるための問題であろう。

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正しい答えは勿論、優先席の『妊婦』マークである。
ぼくの解答は『おなかのおおきなひと』である。それは見れば分かる。
 
この問題の解答はたまたま解答用紙に書き込んであったのであるが(なんでだよ!)
テスト後に返却されてきた解答用紙をみた母親は頭を抱え込んだ
ごめんよ。母さん。
 
当然、入塾はできなかった。
 
孫の手片手に塾内を徘徊する塾長のいる学習塾
 
母親は近所の塾を血眼になって探した。
大手の学習塾もいくつか見て回ったが、競争が激しく明確にクラス分けを行い、成績の良い生徒しかきちんと面倒を見ない大手の学習塾にはうちのドラ息子には向かないという裁定を下した。
その結果、母親のメガネに適ったのは例の寺子屋みたいな塾であった。
 
その塾にいる先生はどの先生もキャラが濃かったし、怖い先生もいた。
特に塾長と副塾長は怖かった。身長が190cm近くある60歳を超えたくらいの塾長は小脇に教科書とプリントを挟み、常に片手に孫の手を持っていた。
孫の手は背中を掻くために持ち歩いている訳ではない。机やホワイトボードをぶっ叩くために持ち歩いているのである。(今は体罰など振るわないが、体罰が当たり前だった時代にはボカボカ生徒の頭を叩いていたらしい)
 副塾長は凄まじい猫背で身長は低かったが、何者も射竦める目つきの悪さは地獄の業火で怒り狂ったダルマを想像させた。笑うときはガハガハ愉快に大声で笑うが、怒るとびっくりするくらい怖かった。ていうか、親たちもびくつくぐらい怖い先生だった。
 理科の先生はダウンタウンの浜ちゃんみたいな笑い方をする先生で、何度も同じような問題を間違えると、「処刑の時間です」と宣言し鯛の骨みたいな太くごつい中指で強烈なデコピンを食らわせた。痛かったなあ。
割愛するが、他にも特徴のある先生はいっぱいいた。
 
パワハラとはなんぞや
 
世間的にパワハラとか体罰が神経質に咎められる昨今ではパワハラ先生と呼ばれてしまうのかも知れないが、面倒見の良い塾だった
 クラス分けを行い競争意識を持たせていたが、学力の上がらない生徒を見捨てることはしなかったし、一人の生徒に対して長い時間を割いて個別指導や相談もしてくれていた。面倒を見ていた生徒が他の大手の塾に移ってしまうことになってしまった時は、塾長が人知れず目元を赤くしていたのも見かけた。生徒だけでなく教える側の先生にもよく叱責していたから、例えクラスが低くても教え方が上手な先生が授業を行っていた。
 ぼくは根っからの怠けものだから、先生に助けてもらわなかったら、努力の仕方も分からなかったと思うし、ぼくなりに受験の結果を出すこともできなかったはずだ。
 
 テレビとかでパワハラ関係の話が取り上げられるとき「愛のある指導」みたいな言葉は皮肉っぽく扱われることが多いが、今では先生の泥臭い指導が懐かしいし、柄にもなく大変感謝している。「おためごかし」みたいなことはしない先生たちだった。
 
 下らぬことしか考えていないぼくは大げさな問題について立ち入ることが許されるほど人間できていないのであるが、一言言及することが許されるなら、パワハラとは思うに、教える側が誰のために指導しているかで、パワハラかどうかある程度決まってくると思うのである。パワハラとは不親切とか不誠実の延長にあるものだと感じる。
 
 そもそもこの記事を書いたきっかけは、塾長と副塾長が年齢の問題で塾を辞めて、隠居生活に突入したという話を聞いたから、ちょっと書きたくなってしまった。