あまのじゃくのきまぐれ

基本的には雑記と書評をやってます。

2年間の新卒就活⇒ブラック企業入社⇒2ヶ月半の超早期退社でもなんとかなる話をします③

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2年間の就職活動に失敗し、ブラック企業に入社したところまで書いたと思うので、実際にどんな感じで2ヶ月半働いていたのか、どうやって転職に踏み切ったのかを書いていきたいと思います。

ちなみに今回の記事が完結編になります。

前回の記事を読んでない方はリンク貼っておくので、そこから読んでもらえると話の顛末が理解しやすいかと思います。

 

 

www.senti-monkey.xyz

 

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最初からボコボコにされたブラック企業出勤初日
 
突然、何も聞かされていなかったのに、1日で東京から三重県に引っ越しさせられて、心身共に疲れ切っていました。人生初となる社会人生活の幕開けとなる日も、不安でドキドキすることも浮ついた気分になることも、社会人になってしまったことに空しさを感じることもなく、疲労感でいっぱいになりながらグーグルマップを見ながら、出勤しました。
入社直前までは、高いビルの立ち並ぶ街を出勤している自分を思い浮かべていたのですが、まさか1週間後、田んぼ道をスーツ姿で営業所までの道を20分歩いているとは考えてもみませんでした。歩行者と自動車の棲み分けがなされていない道のわきには、側溝があり、泥水からミドリガメが呑気に顔を覗かせています。スーツ姿で夕陽に向かって何かポーズを取っていたなら、池井戸潤の小説の表紙にピッタシの画になりそうです。
 
そんなこんなで、出勤した日も、ひざがカックリ折れるような気持ちになりました。耳なれない三重弁の飛び交う職場の雰囲気に居心地の悪さを感じながら、割り当てられた椅子で引き出しを開けたり、キョロキョロしていたりしていました。津営業は40名ほどの社員がいる職場でしたが、3名を除いた全員が三重県出身の人でした。その3名は愛知の人1人、岐阜の1人、そして、新入社員の自分です。出社した時の挨拶回りの時も、「東京から来たんだって?」と散々聞かれ、よそ者感を味わっていました。
前回の記事で説明しましたが、入社したのは医療系商社だったので、取引先は病院です。新入社員なので、上司と二人きりの同行で担当することになる病院に向かうことになるのですが、初日からトコトン凹まされました。確かに、上司に質問する際に「少し時間を頂いてもよろしいですか」の一言を付け加えるのを失念していましたが、取引先に行く車の中で、「お前の躾をした、両親の顔が見てみたい」などと怒鳴られていました。上司に「お前が好きな食べ物はなんだ」と聞かれた時に、魚介類と答えれば、「肉を食べるやつの方がこの職業に向いている」とか言われていました。営業先の病院でも、取引先にすさまじいことを言われました。何か叱られるような粗相をしたわけではないはずなのに、取引先から「お前は3か月以内で会社を辞めさせられるか、それか自分で首を切るな」と言われてしまいました。確かに、疲れ切ったオーラを出していたのかも知れませんが、そんなことを初日で言われてしまえば、自分は「これから頑張ります。」としか言いようがありません。この一言に立場上何か言わなければならなくなった上司は「この会社、ブラックだぞ」と顔を引きつかせながら、言ってきます。
 
出勤初日にして、この会社では働いていけないことをはっきりと感じ取ったのでした。
 
転職する覚悟を決める
 
会社に勤めはじめて、2週間経った土日には、すでに東京の実家へ一時避難をしていました。目的は3つありました。1つ目に荒んだ心の回復のため。2つ目に就職活動2年目の時には公務員の勉強をしていたので、公務員勉強用のテキストを取りに戻るため。3つ目に大学のキャリアセンターに相談するためです。
とりわけ大切だったのはキャリアセンターへの相談のためで、会社の求人を紹介してもらったところでもあったので、なんとか大学から助力を乞えないか藁をも掴む気持ちだったのでした。
三重県に引っ越しをする前に、キャリアセンターには一度電話で相談をしていたこともあって、自分がどんな状況かにおかれているか、すぐに理解を示してもらえました。キャリアセンターも紹介した求人が、まさかそこまでの糞会社だとは思っていなかったみたいで、信じられない・・・と口をあんぐりしていました。自分が働いているイメージが湧かないのであれば、心身のバランスを崩す前にすぐに辞めた方が良いし、就職活動のサポートは責任を持ってするからということで、求人の紹介もしていただけました。
自分の感じている不安や会社に対する苛立ちも相談の中で発散することができましたし、今の会社を嘆いているよりも前を向いて転職しようと決心できました。
あの時の大学のキャリアセンターの対応には、本当に助けられました。
 
糞会社に対しては、ぼくが会社を辞めた後、大学出禁にしておいてくれることにもなりました。気分爽快ですね。
 
ストレスで顔面が痙攣する
 
転職を決心したとはいえ、すでに三重県に引っ越しをしてしまっているので、ある程度の給料を貰わないと完全に赤字です。7月くらいまでは働きながら、公務員勉強や業界研究などをして、なんとか引っ越し代や新しく購入した家具代くらいの元は取ろうと考えました。
たった数ヶ月しか働かなかったとはいえ、もはや働く環境にないということは理解できました。いちいちエピソードを書いているとまた記事が長くなりますし、箇条書きで書いていきます。
 
・社員の残業時間 120h/月 みなし残業代は一律で月に4万
・2ヶ月で営業所の社員の交通事故 2件
・全身蕁麻疹で会社に来れなくなる社員
・昼の休憩時間なし
・上司のパワハラによる営業所の人間関係の悪さ
・労基からすでに業務改善命令を受けているのに、改善姿勢なし
・会社の子会社が、1年前に厚生労働省のブラック企業リスト入りしていた
 
試用期間中は残業してはいけないという取り決めがあったため、ぼくは月に120時間もの残業をすることはなかったのですが、月に10時間くらいは残業していました。試用期間中はみなし残業代はでないので4万円もらえることは勿論なく、支給された残業代は400円。
入社4年目の先輩社員は、ぼくの直属の上司のおかげで鍛えられたと言っていましたが、価値観が変わりすぎて、友達との間に壁を感じるようになったと言っていました。その上司に、お前の性格を改造してやると言われたときは、震え上がりました。ちなみにぼくの直属の上司は、営業所で6000万もの架空請求事件があったときの営業所の所長を務めていた人物で、降格人事を受けていたのです。その時の不満や、営業所の現場を理解しない本社の勝手な取り組みで負担を強いられてることへの恨みもあり、直属の上司も会社が大嫌いで、転職を考えているとも言っていました。そういった意味では、上司にはサポートしていただけましたし、冷たい職場関係で助けられた部分はありました。
それでも、新入社員歓迎会でのスピーチで緊張して失敗した際に「お前、この会社向いてねえよ」と言われたりもして、転職する決心をしたとはいえ、ストレスはピークに達していました。
ここにいる自分は本当の自分じゃないという気分になり、自動車運転研修では暴走運転したり、出勤直後、顔の半分が痙攣を起こしたりすることもありました。
 
あまりにストレスが溜まったので、毎週東京に帰り、転職活動を行ったり、友人や先輩と飲みに行ったりして、ストレス解消を行っていました。会社で何か嫌なことがある度に、絶対会社を辞めるんだと強く心に念じながら転職サイトにアクセスすることを心のよりどころにしていました。
 
ブラック企業を超早期退職する
 
早く会社を辞めたかったので、5月末には退職届を提出していました。6月末にはすんなりと辞めることができたのはラッキーでしたが、直属の上司からは無視されるようになりました。
直属の上司から無視されるようになると、不思議なことに上司を除いた社員から声をかけられるようになりました。というか、会社を辞めることになったぼくに対して、ぼくの直属の上司の悪口を言いはじめるようになりました。複雑な心境でしたが、上司のパワハラに悩まされることなく、かえってのびのびと働きやすくなったのは事実です。
出勤初日に「お前は3か月以内で辞めさせられるか、自分で仕事を辞めるかのどっちかだな」と言ってきた取引先の予言は見事的中したものの、最終的には、その取引先も「お前も成長したよな。次の職場でもがんばれ」と励ましてくれました。
心境は複雑でしたが、怠けて仕事をしていた訳ではないので、報われた気持ちにもなりました。
上司を除いた職場の人たちも、自分が辞める算段になると、当初の態度とは激変させて「あの上司の下になったのは不運だったな」と慰めてきましたし、「配属ミスだった。ゴメン。」とも言ってきました。内勤事務の女性は「この職場を嫌いになっても、三重県は嫌いにならないで」と前田敦子みたいなことを言ってきました。
意外にも、円満退職に近い形で辞めることができました。
 
本当に気味の悪い職場でした。
 
すぐに転職先が決まった
 
2年間新卒就活で苦労した割には、転職活動はたった1ヶ月で終わりました。
大学のキャリアセンターのサポートのおかげでもありましたし、分かりやすいブラック企業エピソードのおかげでもありましたが、3か月しか働いていない超早期退職者じゃ内定なんて貰えないという先入観を捨てたことが一番良かったように思います。
まだブラック企業に勤めていた時に、大手の転職エージェントに相談した際は3か月で会社を辞めても紹介できる求人はほとんどないと一蹴されていました。実はそんなものは思い込みで、新卒就活用の求人サイトに登録し、自分でも選考フローに進めるか企業側に電話して聞いてみたり、大学生と横並びで就職活動をしていました。
決められたレールの上での就職活動をしなくとも、自分の意思さえあれば、人生はなんとかなることをようやく理解することができたのです。
 
これからなにが起こるかか分からないけど・・・
 
今になって考えると、ブラック企業に就職してしまったことも良い経験になったなと思います。何か不測な事態になっても、まあ、なんとかなるなと思えるくらいの自信がついたからです。
自分がこれから入社することになる企業もブラック企業という可能性もありますし、すごく自分に向いている職業の可能性もあります。それに自分には、もの書きになりたいという思いもあります。生活するのに困らないお金を稼ぎながら、雑魚なりにコツコツと目指していきたいです。
 
悩みを深くしている人がこの記事を最後まで読んでくれて、共感してくれたり、元気づけることができたなら、すごく嬉しく思います。