あまのじゃくのきまぐれ

基本的には雑記と書評をやってます。

2年間の新卒就活⇒ブラック企業入社⇒2ヶ月半の超早期退社でもなんとかなる話をします②

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さて・・・後編に入っていきましょう。今回は、ブラック企業入社編です。

前編は、勢いに身を任せどんどん書き進めていったので、よくあそこまで書いちゃったなと恥ずかしい思いもしています。正直、前編を書いてしまったことで自分のブログにアクセスするのも、ちょっと居心地の悪さを感じるのですが、自分と向き合うことにまだ抵抗があるのかも知れません。まあ、こんなこと言っても仕方がないので、自分の経験したことを書いていきましょう。

もし、新卒就活をしているひとが読むのであれば、存分に震え上がってください。

 

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違和感を感じた内定式
 
2年目となった新卒就活を終え、内定先に満足とはいえないまでも、ようやく肩の荷が下りたとホッとした心持ちでいました。大学のキャリアセンターに紹介してもらった求人だから、ブラック企業ではないと思っていましたし、いかに最終面接で貶されようとも、もはやこれ以上就活を続けていく体力も自信も失っていました。その当時は、就職活動以外の道も探っていました。ドローンの操縦士のための体験教室にも行ったりもしてました。なんとか就職活動以外で他の道はないものかと、色んなところに目を向けていたものの、内定を貰ってしまうと「安定」の2文字にすっかり身を委ねてしまい、もうなんだっていいやって思ってしまっていたのです。もの書きになりたいと思ってはいても、飯にありつける程の収入が手に入るのかも分からなかったので、志はありましたが、突然なれるものじゃないだろうと諦めていました。仕事をしながらでも、空いた時間をなんとか見つけて、もの書きとしてのチャンスをなんとか探っていけばよいという計画でした。そういえば、書き忘れていましたが、内定先は某医療系商社です。父親が商社マンであることもあり、就活2年目になって初めて商社に目を向けてもらえた結果の内定だったので、商社に勤めることもまんざら向いていないわけではないんじゃないかと思ったのも、理由の1つです。
 
就職活動を終え、ホッと休憩していた10月に内定式がありました。本社が名古屋の会社なので、内定式は名古屋で開かれることになりました。今思えば、このタイミングで、この会社がヤバイってことがわかるヒントはいくらでもありました。というよりも、違和感はいくらでも見つかりました。
まず、内定式で内定者に激励をいうはずの専務という人。1時間かけて、自分の仕事での失敗話を話しはじめます。おまけに、自分から話の風呂敷を広げておいて、セルフでしどろもどろになり、冷や汗をかいています。大丈夫か・・・こいつ・・・
ちなみに東京から来ている人は内定者40名のうち8,9人。後は、愛知県出身者がほとんどです。懇親会でも、ちょっとこの会社、タイプが違うかな・・・と、ちょっとした疎外感を味わいました。
なによりも、この会社、100年以上の歴史を持つ1000人以上の大企業という位置づけでありながら、今年で初めて内定式をとり行ったというのです。
 
大切なことを書き忘れていました。この会社のネット情報です。会社名で検索してみたところ、ブラック企業という情報は散見できなかったものの、グーグル検索キーワードには、「〇〇株式会社 不祥事」という不穏すぎるワードが・・・。見れば、一社員の取引先からの架空請求事件でした。
その当時は、それは一社員の犯した不祥事で、会社がブラック企業ということには繋がらないと考えていました・・・それは、大きな間違いです。火のないところには煙は立たず。会社の体質に問題があり、社員のストレスが溜まった末に起きた事件だと類推できていれば・・・というか、そうでなくても十分怪しい会社でしょう。
なんか、この企業、おかしいぞ・・・。そう気づいていれば、ぼくは痛い目にあっていなかったのです。
 
 
1日で東京から三重に行け命令
 
名古屋が本社とはいえ、関東配属での採用だったはずでした。自宅から1時間以内の営業所に配属ということで、採用地通知書には自分が配属されるはずの関東圏の営業所が10以上は並んでいました。営業所の新設や移転などの不測の事態がある際は、採用通知書には記載されていない別の営業所配属もありえるとは書いてありましたが、内定式の時に聞いていたのはほとんどそんなことは殆どありえないという説明でした。
それでも、本社が名古屋にあり、三重県や岐阜県にも配属先があることに不安を覚えました。3月に3週間アメリカに行くことにもなっていたので、旅行中に何か連絡事項があったら面倒だと思ったので、配属先の確認も兼ねて、会社の人事にも連絡を取っていました。その時は、人事も電話口でふっと笑いながら、そんな配属先は採用通知書に書かれた関東圏の営業所のどこかだから心配することはないとのことでした。
なら、一安心だな!!なんて思いながら、ぼくは能天気にアメリカへ旅立って行ったのです。
 
4月2日の入社式の日、社長から辞令をもらったぼくは、白目で泡を吹いていました。
4月10日から三重県津営業所に配属ということになったのです。
4月2日から7日まで名古屋で研修があり、9日には東京から三重県津市までの引っ越しを済ましていなければ、10日から働けません。少なくとも、9日の夜には三重県にいなければならないことを考えると、1日半で引っ越しをしなければならない計算です。
ぼくの他にもう一人東京出身で、同じように1日で名古屋に引っ越さなければならない生贄の羊がいました。彼と二人で、配属先の話を人事から聞いていくと、次のようになります。
 
転勤する社員には引っ越し代は出すが、新卒には出せない。アパートの1室は借りといたが、家具はついていない。布団や家具は自分でなんとかしろ。物理的に無理なら、研修中に親になんとかしてもらえばいいだろう。君らが何といおうとこれは、決定事項なんだから、今更変えられるものではないし、他の社員は従っているんだから君らも会社の決定に従え。あと、新卒社員は部屋代として、月に2万ずつ給料から天引きするからよろしく ^^。
 
彼らの言い分をまとめていけば自然こうなります。突っ込みどころ満載で、どうしようもありません。3月に配属先について電話で確認をとったのに、これです。3月に配属先の確認を取っているだけに、会社への信用は0です。
 
おまけに、他の高知から来た会社の同期から研修中に聞いたことによると、3月時点で人事から配属先変更の連絡を受けていたから、すでに引っ越しを済ませているというのです。

関東圏配属だったはずの2人には事前に連絡がなかったにも関わらずです。(これで名古屋嫌いは決定的)

 

書類に記載されている水道、ガス、電気会社の電話番号も全部間違いです。無能の極みかよ。
二人で散々抗議しましたけど、もう決定したものは変えられないの一点張り。
 
家族に電話で伝えると、なんだその会社は・・・と絶句。叔父まで出てきて、今のうちに会社を辞めてしまえ!!という意見と、まだ我慢するべきだとの意見が激突。一家も大揉めです。本当はこの時に辞めておくのが大正解でしたが、ぼくの場合、就職活動で大失敗をしているため、1週間もたたないうちに会社を辞めるという選択をとれば、路頭に迷ってしまうように思えたのです。
 
結局、会社の言いつけ通り、1日で三重県津市に引っ越しました。引っ越しとは言っても、引っ越し業者も4月は繁忙期で、いきなりアポイントを取れるわけがありません。会社勤めするのに最低限の道具をキャリーケースに詰め込んで、津についたら、部屋に行く前にそのまま布団を現地調達です。あんときは地獄でしたね。
ちなみに、配属先の津営業所こそ、ネットで見た不祥事事件が起きた場所だったのです!!
 
 
反撃ののろし
 
ただ、ぼくも会社の言いつけに従うつもりはさらさらありません。こうなったら戦争しかないと、研修から帰り、津市に引っ越す直前に、労基と大学のキャリアセンターに電話しておいたのです。
労基に詳細を相談すると、法律の一線を踏み越えていないので、労基は手出しができないとのこと。大学のキャリアセンターは求人の紹介をしてもらったところだったので、当然苦情は入れなければ気が済みません。大学のキャリアセンターは、何かの間違いではないのですか・・・?そんな話は聞いた事がない・・・とのこと。当時は無責任なようにも聞こえましたが、後にかなり助けてもらいました。その話はまた後でします。
 
 
2つの記事で書き終えるものかと思ってた
 
めっちゃ長くなりそうなんで、今回はここまで!
新卒就活のこと然り、ブラック企業のこと然り、書き始めてしまうと、当時自分が感じていた思いが蘇ってきて、困ったことに短くまとめられなくなってしまうんですよ。
 記事の題が「なんとかなる話」にしてあるのに、今のところ、どうにもならない話をしています。
次回の記事あたりで、事の顛末を綺麗にまとめるようにしたいと思います。
 
次回に続く。